2019年04月20日

【スーツにご飯粒がついている私の役割】

明日が板橋区議会議員選挙の投票日!
南雲由子は、2期目に向けて立候補しています。

2期目の選挙は難しい、と言われ体力的にも厳しい選挙活動でしたが、1週間の選挙活動を通して、子育て世代の「当事者」の声を政治に届けていかなければいけないという思いが強くなりました。

選挙のマイクがうるさい、政治は難しくて遠いと感じている方へ、
3月に特別寄稿させていただいた著書の中から、南雲由子のこの4年間の思いを詰め込んだ文章を、こちらに投稿しておきます。

政治に子育て世代の実感を届けることで、実現できることはあります。

投票することを投げてしまわずに、明日投票にぜひ行ってください。

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「スーツにご飯粒がついている私の役割」

●アーティストが、なぜ政治家になったのか

2012年12月、私は衆議院選挙の開票速報をデザイナーの友人と飲みながら、世田谷の広い倉庫をDIYでリノベーションした共同アトリエで見ていた。
当時の私は現代美術アーティストとして、2009年「越後妻有アートトリエンナーレ」や、2011年横浜トリエンナーレ特別連携プログラム「新・港村」など、まちづくりとの結びつきが強い展覧会に参加型の作品を発表していた。2011年に3.11や原発事故があって、友人は国会前のデモに行くようになり、政治について、社会について考えるようになっていたし、自分の周りのSNSなどでは「選挙に行こう!」という盛り上がりを感じていた。
しかし結果を見て何より驚いたのは、投票率がひどく低かったことだ。
原発について、働き方や子育てについて、まちづくりについて、未来について…自分が同世代の友人と話すような「普通の人」の声とは違うことが政治の世界で起こっていると感じた。若者は何も考えていないわけではないけれど、投票率はほぼ年齢と比例して、20代では20%、30代で30%と言われる。投票率が低い=「政治が売れていない」。その理由は中身が面白くないからか、売り方が悪い、伝え方が悪いからではないか、と考えて私はそれから他の政治家のチラシのデザインの仕事を始めた。そのうち選挙のスタッフも頼まれるようになり、元々アートプロジェクトで住民やボランティアを巻き込み、協働で何かを一緒に作っていた経験が活きた。
そして2015年4月の区議会議員選挙。私の場合、自分が政治家になろうとは思っていなかったし、元々「表に出るキャラ」でもない。最後はコップの水が溢れるような、ある日突然、花粉症になるような感覚で、ある日、目が覚めたら何かすごく大きなものに腹が立っていた。2、3日それが消えなくて、突然私は「自分が選挙に出ようと思う」と家族や友人に言った。家族は大反対、地元の幼馴染は笑った。
選挙では駅に終電まで立って挨拶をしたり、たすきをかけマイクを持ち、選挙カーに乗った。デザイナーやカメラマンの友人の協力で、日頃政治に興味のない人に届くことを目指して政策チラシを作り、4400票で当選した。

●区議会議員の仕事とかけて、「笑点の大喜利」ととく。そのこころは…

区議会議員の仕事を一言で説明するならば、区役所を一つの「会社」だとすると、区長はその「社長」で、その会社が税金を使って区民のためになる仕事をしっかりと行っているかを「区民の代表」としてチェックする、いわば「外部取締役」が区議会議員である。
当選後、区議会の本会議や委員会で議論をする中で、「自分の色」を出して、話し合うべき議案に質問や提案をすることが大切だと感じる。「自分の色」とは、立候補時に選挙で区民の方に約束した公約であったり、私の場合は若者、女性、子育て、まちづくり、デザイン的思考など自分が代弁している区民の声だ。
それは、テレビで見る「笑点」の大喜利のイメージに似ている。紫色なら腹黒い、白は独身、水色はエロや犯罪――などのキャラクター。もし「笑点」を議事録化して、発言者を伏せて読んでも、おそらくそれが誰の答えかわかるであろうキャラクターがそこにある。
区議会で扱うテーマは、区内での生活や環境全てに関わり大変広範にわたる。妊娠期から子育てのサポート、教育、介護保険、後期高齢者医療制度から空き家、公園、駅前再開発、産業振興、自転車の安全、地域ネコ、ゴミ問題――など板橋区内での生活に関わる全てだ。
当選直後の1年間ほどは、その全ての知識をゼロから勉強しなければならず、役所の人が話す行政用語が聞き取れず、戸惑ったが、広範だからこそ、どんな内容に議案として向き合うときも、「自分の色」で返すと決めて仕事をするようになってから、楽になった。板橋区議会の場合、46人の議員がいて、それぞれの地域、バックグラウンドや思想などそれぞれの視点からチェックをする中で、自分はどう見てどう質問、提案すべきかを常に自問し、ときに「自分の色」を演じることもある。
政治家になってみてわかったことは、板橋区56万人の中には、いろいろな考えや立場の人がいて、それぞれの「正義」が違い、それが社会であり、それを議論し合い、一歩ずつ合意形成していくことが「政治」というのもの本質だということだ。
私は、おバカな「黄色の着物」を着ているイメージで仕事をしている。自分や自分の友達、家族がわからないことがあれば、それを大切にして「わからない者代表」として質問する。また、任期中に結婚、妊娠、出産し、現在は1歳児の子育てをしながら仕事をしているが、妊娠中や子育ての中でも当事者として区の子育て支援サービスを使ったり、保育園に入るための「保活」をしたりして、そこから議会で質問している。
自分がいかに区民として生活するかが、全て仕事の「おいしいネタ」になる。それが1期目の、黄色い着物の区議会議員の強みであり、面白みだ。

●「当事者」として出来ること

先日、区議会で取り上げられた内容の中で、区立の認可保育園が閉園になった件があった。そこに子どもを通わせているママパパは、「明日、緊急の保護者会をやるから必ず出席してください」と言われて、そこで突然、2年後の廃園とその後の対応を告げられた。私の場合、区民の方からのご意見ご相談の多くは、SNSでのメッセージか携帯への直接の電話で受けるが、たまたま親しい友人の子どもがその園に通っていて、困惑した様子のSNSの投稿を見て連絡し、ママたちの作戦会議に同席した。
区議会には「陳情」という、区民の声を正式な文書として届ける方法がある。とはいえ、普通に生活していてなかなか縁のあるものではないし、どう書くか書式もわからない。作戦会議の後、私は議会の「一般質問」でその問題を取り上げつつ、保護者の方々に書き方や出し方を説明して、閉園撤回と、来年度以降も子どもたちがなるべく変わらない環境で過ごせる質の維持を求めた「陳情」を、ママパパの名前で提出した。短い議員経験の中で、思いつくアイデアは全部試した。私は無所属だが、自民党から公明党、共産党などすべての党派の議員さんを保護者と一緒に訪ね、内容を直接説明して回り、先輩議員に相談してアドバイスをもらった。
結果は、閉園撤回には至らなかったが、保護者の希望の一部は実現した。この件について、最後の発言の機会になる本会議の「討論」で、私は少し声を震わせて「区長、ここが板橋区が掲げる‘東京で一番子育てがしやすいまち’ですか?」とマイクを通して訊いた。
私自身、今1歳の子どもを保育園に通わせながら働いていて、議会に行くスーツに、子どもの朝ごはんのごはん粒が付いていることもある。今回のことは、様々な党の議員がそれぞれの立場で議論し、一部は希望が実現して保護者も少し安心した結果だったと思うが、スーツにごはん粒が付いている私の役割は、保護者の方々の声を代わりに、実感を込めて、議会へ届けることだったと思うし、私にしか、今しか発せられない言葉だったと思う。
政治家にとって武器は言葉だ。
私がこれまでアート作品として様々な手段を用いて表現してきたように、区民の方からのご意見ご相談や自分自身の生活の中で感じたことを言葉にし、何度も磨いて、全身で声にする。「当時者」の思いのこもった言葉は強い。
政治家がたくさん集まる勉強会などに行くと、多くは年配の男性で、後ろから見たその景色は濃いグレーか紺色だ。女性というだけで目立つし、その上若い、となれば数えるほどだ。しかし、「当時者」の思いのこもった言葉を届けるには、いろいろな年齢、性別、考えの人が議員になるべきだと思う。普段話す声も小さい私でもなんとかやっていけるのだから、いろんな人に選挙に挑戦して欲しいし、選挙に行くことを投げてしまわずに、自分と近い属性の人を選んでほしい。

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